仕様書の書き方を調べる前に知っておくべき『仕様の考え方』

仕様書の書き方は教えても、仕様の考え方を教える記事や会社は少ないように感じる。

今回は、仕様を考えるときに重要な『面白さの分解と再構築』という工程について、バイオハザード2を例に挙げながらまとめてみる。




仕様を考えるときに大事なこと

仕様を切るとき、何も考えずに他のゲームと同じ仕様をそっくりそのまま持ってきていることはないだろうか。

例えば、RPGの育成といったらレベルアップだ!!と、当たり前のようにレベルとレベルアップの概念を実装してしまう感じだ。

ゲーム開発において既存の仕様を流用するケースは多いが、何の意図もなく流用するのはあまりよろしくない。

面白さの表現方法は、ゲームの遊ばせ方や時代、技術に応じてさまざまあるので、必ずしも他のゲームの仕様がベストとは限らない。

例えば、ファイナルファンタジーにはわかりやすい進行度の目安としてレベルアップが存在するが、8にはドローという魔法装備の仕組みがあり、10にはスフィア盤というカスタマイズの仕組みがある。

◆ジャンクション

◆スフィア盤

これらは物語の鍵になっているジャンクションやスフィアという、その世界の人々が力を得るための仕組みをゲームシステムとして表現したものである。

FF8の世界には、召喚獣をジャンクション(≒装備)することで力を借りて強くなるという設定があり、それを表現する手段として、召喚獣を装備すると『たたかう』以外のコマンドが使えるようになるという仕様がある。

また、魔法の力を借りて強くなるという設定を『ドロー』という魔法抽出の仕組みで実現しており、フィールドやモンスターから魔法を抽出してキャラクターに装備させステータスを強化するというちょっと特殊な仕様になっている。

独特なシステムだったので直観的にわかりづらく、この複雑さがFF8の評価を分けた部分でもあるのだが、ジャンクションやドローは物語や世界観をどのように強化システムに落とし込むかを考えた結果、生まれた仕様なのである。

このように、仕様は体験をゲームで表現するための手段なのだ。

ゲームや物語の核となる面白さを成立させたり、より強めたりするためにはどうしたらよいかを考えた結果、生まれるルールやシステムが仕様だ。

仕様を考えるということは、表現したいことを分解し、ゲームでの表現方法を考えるということなのである。

◆仕様を考える工程

何を表現したいかによってゲームの仕様は変わる。

仕様書を書く前に、自分の頭の中にある『何がしたいか』という要件を整理することを絶対に忘れてはいけない。

きちんと表現したいことを分解した上で、他のタイトルのシステムを流用するのが良いと判断したなら問題ないが、この思考をさぼると、ありきたりでぼんやりしたキメラゲーが出来上がる。

バイオハザードRE:2は分解と再構築の教科書

バイオハザードRE:2をバイオハザード2と比較してみることで、仕様を考える上で最も重要な面白さの『分解』と『再構築』という二つの工程を具体的に学ぶことができる。

販促などではなく、本当に開発者向けの教材として良くできている。

この記事では新旧の動画をのせて解説しているので、実際にお金と時間をかけて遊ぶ必要はない。

なぜバイオハザードRE:2が教材として良くできているかというと、バイオハザード2という完成されたゲームが元にありながら、元のゲームの面白さを全く異なる仕様で表現しているからだ。

ゲームは体験ありきで作るべしということ、そして、面白さの表現手段では一つではないということをまざまざと見せつけられる作品である。

では、バイオハザードRE:2が旧作のどの仕様を分解・再構築したかというと、『固定カメラ』と『ロード』という二つの仕様である。

◆固定カメラ

プレイヤー追従型のカメラではなく、特定の地点から背景とプレイヤーを映す仕様。ラジコン操作なので、銃をかまえると自動で敵に照準が合わさる。

◆ロード

部屋移動ごとに、扉を開ける演出が挟まる仕様。部屋の中に入るまで何があるかわからない。

バイオハザードの面白さの核は、怖くて前に進めないお化け屋敷的な恐怖体験であり、この二つの仕様こそが、昔ながらのバイオハザードの恐怖であった。

(他にもゾンビの強さとか弾薬の配置とか、ゲームデザインによるところは沢山あるのだが今回は割愛)

しかし、固定カメラとロードはいずれも昔の技術的な制限の下に生まれた仕様なので、バイオハザード4以降のビハインドカメラに慣れたプレイヤーにとってはすでに理不尽な仕様になってしまっている。

◆ビハインドカメラ

キャラクターの背後からカメラが追従する仕様。自分で狙いを定めて撃つ。キャラとプレイヤーが得る情報量が等しいため没入感が高く、今ではアクションゲームのごく一般的な仕様になった。

ゲームはプレイヤーの操作によって進行するコンテンツなので、プレイヤーがストレスを感じることなく、直観的に操作できることが最も優先されるべきである。

だから、RE:2でもビハインドカメラが採用されている。

しかし、昔ながらのバイオハザードの恐怖を再現するのであれば、固定カメラとロードが作り上げていた『先が見えない恐怖』はどうしても切り離せない。

そこでRE:2の開発チームがどうしたかというと、ビハインドカメラを採用したうえで、どのように固定カメラとロードで表現していたのと同じ恐怖を再現するかを考えたのである。

固定カメラやロードの仕様をそのまま持ってきたのではなく、その二つが表現していた恐怖を分解して、別の手段で再現したところがポイント。

自分たちが目指すゴールに向けて、実現したい面白さを分解し、その面白さをどう表現するのが最適かを考える工程が、面白いゲームを作るために絶対に必要なことなのだ。

では、バイオハザードRE:2で、どのように面白さの分解と再構築が行なわれたのか、実際に動画で比較しながら解説していく。

面白さの分解

固定カメラとロードという二つの仕様によって表現されていた恐怖とは何だったのか。

まずはその恐怖体験を分解することから始めてみる。

固定カメラによる恐怖を分解する

明らかにヤバい音が聞こえるが、画面内に敵の姿が見えない…

ゾンビが画面内に入ってくるまで進まないでおこう…

バイオハザードをプレイしたことがある人なら、きっと同じような体験をしたことがあるはず。

例えばこんな感じ。

この仕様が生まれた要因は二つ。

一つは、ゾンビとお化け屋敷を組み合わせたゲームならではのホラー体験を作り上げるため。

もう一つは、当時の技術的な制限にある。バイオハザード1や2の時代は、プレイステーションのディスク容量が少なかったため、背景をはじめ、アセットのデータサイズを抑える必要があったのだ。

で、この二つの要件を同時に満たす方法を考えた結果、生まれた仕様が固定カメラである。

この仕様がなぜバイオハザードを怖くしていたのかというと、ゾンビの咀嚼音や足音が聞こえるのに、プレイヤーの視界にはゾンビが映らないからである。

  • 自分に危害を加える何かがいることがわかっているのに
  • それがどこにいるのかわからない

こういう状況に、プレイヤーは恐怖している。これは完全にお化け屋敷の恐怖体験と一緒。

お化け屋敷にはお化けがいるとわかっているので、いつ出てくるのかとびくびくしながら前に進む。

人間は五感から予測する生き物なので、何かがいると思える状況と、その原因が見えない時間が続くと、恐怖を感じて先に進むことができなくなる。

これが、お化け屋敷や固定カメラという仕様から人間が感じている恐怖の正体である。

リメイク版のbiohazardのキャッチコピーが『そこを歩く、という恐怖』だったとおり、初代バイオハザードのコンセプトとは、自分で恐怖に立ち向かわなければならないお化け屋敷の体験だ。

初代バイオハザードの開発チームはきっと、今私が固定カメラの恐怖の理由を分解したのと同じように、お化け屋敷の恐怖体験を分解してこの仕様を作り上げている。

ロードによる恐怖を分解する

ドアを開けて中に入るまで、次の部屋に何があるのか全くわからないのが昔ながらのバイオハザード。

開けてびっくり玉手箱、いきなり大量のゾンビと遭遇!!なんてことも少なくなかった。

現実には絶対にありえない仕様で、これは完全に技術的な制限から生まれた副産物。

普通ならドアをあけながら中の様子をうかがう。

プレイステーションはメモリが1.4MBと少なく、一度に複数のエリアの3Dデータを読み込むことができなかったため、エリアごとに区切って頻繁にロードを行なう必要があった。

今はPS4で5GB、スマホだと1GBベースで300MBほど使えるようで、数字ベースでみるとこの20年の進歩を実感する。

この副産物の上に、扉を開ける演出をのせたことで、扉を開けたくないという恐怖が増強されたのが、バイオハザードのロード扉。

これの恐怖体験はびっくり箱と全く同じ原理で、開けるまで何が入っているのかわからない、突然のハプニングによる恐怖である。

副産物とはいえ、この仕様がバイオハザードの恐怖を支えていたことは間違いなく、バイオハザードファンとしては扉を開ける恐怖を残してもらいたくありつつも、一開発者としては不要なロード仕様を残さないでほしくもあり、という結構繊細な部分だったりした。




面白さの再構築

次は、この固定カメラとロードの恐怖が、いかにしてRE:2で再現されたかを見ていく。

固定カメラによる恐怖を再構築する

前項で、固定カメラによる恐怖は、人間が予測する生き物だから生まれると述べた。

ということは、人間が予測できるように仕込みつつ、その原因が見えない時間を作ることで、固定カメラで表現していた恐怖を同じように表現できるはず。

では、RE:2がどのような方法で表現したかを実際に見てみよう。

ゲーム冒頭部分の動画なのでネタバレなし。安心してみてほしい。

どうだろうか。

散らかった棚、床についた血痕、店内に響くうめき声、首をかまれて座り込んでいる人、頼りなげに明滅する電灯。

いかにもこの先に何かが待ち受けていることが予測できる状況を、背景、オブジェクト、サウンド、ライティングなどあらゆる方法を駆使して作り上げている。

そして、そこにのっかる懐中電灯とマップ構造による視界の悪さ。

動画の50秒付近を見てほしい。

ドアの先に道が続くのではなく、右に曲がって道が続く構造になっているのだが、この右に曲がる構造というのがポイント。

ビハインドカメラによってキャラクターが常に画面の左側に表示されているので、右に曲がる構造だと、キャラクターがプレイヤーの視界よりも早く部屋に入ることになる。

ドアをまたぐ瞬間に一瞬視界も悪くなるので、先が見えない恐怖がより強くなるのだ。

RE:2のマップは、正面に視界が開けるような構造がほとんどなく、左右をクリアリングさせる必要があったり、道を進んだ後も複数の方向に注意を払い続けさせられる状況が非常に多い。

このように、ドアを開けただけでは先がみえないような状況を意図して作ることで、固定カメラやロードと同じような『先が見えない恐怖』を再現しているのだ。

マップというものはこうやって作る。これも仕様である。

何の意図もなく通路や部屋があるわけではない。

また、今作のゾンビははじめから立ち上がって襲い掛かってくるものより、最初は倒れていて、何かをきっかけに起き上がってくるもののほうが多い。

これも、起き上がってくることが予測できるよう仕込んでいるからだ。

人間が予測出来るように仕込むことで、ゲームはより怖くなる。

本質的には固定カメラと同じ恐怖でありながら表現手段が異なる、という感覚がわかっただろうか。

ロードによる恐怖を再構築する

ロードの恐怖は、部屋に入るまで中に何があるか全くわからないびっくり箱的恐怖である。

今は細かいロードが必要なくなったので、以前と同じ表現を使うと、ただの理不尽な演出になってしまう。

では、この恐怖がRE:2でどのように表現されたのか。

まずは下の動画を見てほしい。ドアを開閉し続けるだけの動画なのでネタバレなし。

部屋をまたいだ瞬間に、現実ではありえないくらい明度が変わるのがわかっただろうか。

このように、明るい部屋にいるときは明るく、暗い部屋にいるときはとことん暗くすることで、明るい部屋から暗い部屋へ移動したときの不気味さや不安が協調されている。

また、24秒付近を見るとわかるのだが、キャラが懐中電灯をつけるよりも、ライトが暗くなるほうが少しだけ早い。

こうすると、部屋の中が一気に真っ暗になって見えなくなった後、徐々に懐中電灯の光で内部が見えてくるという、昔のロード扉に近い表現になる。

このように、ライティングと懐中電灯の仕様によって、昔のロード扉と同じような、部屋に入るまでは何があるのかわからない恐怖を再現することに成功している。

ライティングについては恐らく床ごとにパラメータを読み分けるとか、そういうことをやっていると思う。

こういう現実にはないちょっとしたプログラムの発明が、ゲームならではの面白さを生み出す要因になっているのは、マリオの慣性を無視したジャンプと同じ。

私がRE:2で最も感動したのはこの明暗の表現で、旧作のロード扉の演出がなければ生み出されなかった仕様だと思う。

仕様を考えるとは、面白さを分解して最適な表現手段を考えること

旧バイオハザードシリーズとバイオハザードRE:2を比較すると、同じ性質の面白さでも、面白いと感じる要因を掘り下げれば、他に表現手段はいくらでも考えられるということが見えてくる。

これが、仕様を考える上で最も重要な分解と再構築という工程である。

RPGにはレベルとレベルアップだと脳死状態でホイホイ実装する前に、ゲームの世界観や遊びの核に合わせて、もっと良い表現手段がないかを考えることは絶対にできる。

もちろん、考えた上で流用するならそれは立派な答えだし、既存の仕様よりももっとよい表現手段が導き出されれば、プレイヤーに新しい体験を提供できるかもしれない。

こういう分解と再構築は、他に類がないゲームのほうがやりやすい。

なぜなら、他のゲームの仕様に引っ張られないからだ。

他のゲームの仕様に引っ張られた作品は、どうしても元のゲームより狭い世界になりがちである。

しかし、バイオハザードRE:2の開発チームは、バイオハザード2という大ヒット作のリメイクという前提がありながら、過去の仕様をそのまま持ってくることはせず、面白さをしっかり分解したうえで、今の時代に合う形で再構築している。

もちろん、旧作の仕様をそのまま流用しているものもあるが、これは何を残して何を変えるかという検討を行なったうえで残されているものだ。

その結果、旧作よりももっと怖い、ファンの予想を二重も三重も上回る良作が生まれた。

ゲームのリメイクを目的としていたRE:2ですら、一つ一つの仕様を持ってくるときに、その仕様を流用するのがよいのか、再構築するのがよいのかをしっかり考えているのだ。

リメイクでないオリジナル作品を作るなら、なおさらこの工程をすっ飛ばすわけにはいかない。

まとめ

仕様書を書く前に、実現したい面白さや役割を理解して、最適な手段が何かを考えることを絶対に忘れてはいけない。

バイオハザードRE:2は、ゲームが前提にある作品でありながら、面白さを分解して、今の時代にあった形で再構築することを怠らなかった。

だからこそ、ユーザーに新しくもあり、どこか懐かしさも感じさせる昔ながらのバイオハザードの恐怖体験をつくることができたのだ。

これを実践するためには、面白いと感じたときに、それがなぜ面白かったのかを分析することが大事。

面白さには絶対に意味があるし、ゲームを面白くするのはどこまでいっても意図でしかない。

私が尊敬するゲームクリエイターの桜井政博氏と田尻智氏は、インタビュー著書でそれぞれ次のようなことを述べている。

▼桜井政博氏

わたしは何かをマネして持ってきているのでもなく、「なぜそれがおもしろいのか?」、「なぜ手応え感を得られるのか?」などと、ひとつひとつ意味を考えながら対戦アクションゲームを作ったわけです。
「こうすれば同じようなおもしろさが出るね」とか、「こうすれば異質な楽しさになるんじゃないか」というふうに再構築し、そのうえで『スマブラ』にしかできないことを足して、オリジナルにしていったんです。

“何かを感じられるかどうか”というのは大きいのでしょうね。
同じ操作でも、「これはこうだからおもしろいんだ」とか「こうだからイヤな感じを受けるんだ」とか。わたしは日々多くのゲームを研究することで、そういうことを経験として蓄積しているわけです。

▼田尻智氏(著書から部分的に抜粋して載せてます)

ゲームからゲームを作るということは縮小再生産になる可能性がある。

ゲームにとらわれてゲームを作っているということに限界を感じた。

体験をベースにゲームを作るってことが大事。

純粋なゲームの面白さで大ヒットを巻き起こしたクリエイターは、大体みんな同じようなことを言っている。

面白さの分解と再構築の手間を怠ると、ものづくりは簡単に作業に成り下がる。

繰り返すが、仕様を考えるということは、面白さを細かい粒度まで分解し、それをゲーム内でどのように表現するのが最適かを考えるということなのだ。

仕様書のフォーマットも大事だが、仕様をきちんと考えることはもっと大事。

フォーマットはそのあとに学べばよい。

この記事を読んでピンとこなかった人は、旧作バイオハザード2と、バイオハザードRE:2を実際にプレイしながら比較してみることをおすすめする。

ゲームをプレイする時間がなければ、ドラゴンクエストやモンスターハンターのダメージ計算式を調べて、その意図を考えたりしてみるのも良いかもしれない。

きっと、考える力も鍛えられるし、仕様の考え方も見えてくるはずだ。







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