仕様書の書き方を調べる前に知っておきたい『ゲームの仕様の考え方』

(仕様書を書いてと言われたが何をしたら良いかわからない…とりあえず書き方を調べよう…)

初めて仕様書を書くことになったとき、仕様書の書き方から調べる人は多い。私もそうだった。書きたいことがはっきりしている状態で、エンジニアやデザイナーに伝えるためのルールを学ぶなら、書き方を調べるのが正しい。

ただ、そもそも『仕様』がどういうものなのか理解できているだろうか。仕様書に書く内容は決まっているだろうか。フォーマットはわかったが、結局何を書いたらいいのかわからず、頭を抱えている人も多いのではないだろうか。

今回は、仕様書の書き方はわかったが何を書いたら良いかわからず手が止まってしまっているあなたへ、仕様の正体と、仕様の考え方についてお伝えしようと思う。ちなみにこの記事、書いた本人でも引くほど長いので、途中で飽きたらバイオハザードの部分は読み飛ばしてもらって良い。




仕様って何?

仕様は、遊びや機能をゲームに実装するための手段である。

モンスターを倒すというコンセプトの企画がある場合、まずは、

  • プレイヤーとモンスターが戦う
  • プレイヤーは武器でモンスターを攻撃する
  • プレイヤーが使える武器種は複数ある
  • モンスターには弱点がある
  • モンスターの弱点には、物理と属性の2タイプがある
  • 物理は斬、打、弾
  • 属性は火、水、雷、風、土
  • モンスターの弱点は部位ごとに異なる
  • プレイヤーはクエストを受注してフィールドに出発する

といった感じでどんどん要件を定義していくが、この要件をどんな手段で実装するかを定義したものが仕様である。

「RPGのプレイヤーの成長システムの仕様を書いて」と言われたら、あなたは何から始めるだろうか。新人プランナーで一番多いのは、ネットで書き方を調べて、自分の好きなゲームから自分の好きな仕様を持ってくるパターンだ。「RPGの育成といったらレベルアップだ!!」と当たり前のようにレベルとレベルアップの概念を持ってきてしまう感じである。

これでは仕様を考えているとは言えない。書き方を調べて何の意図もなく既存のゲームの仕様を流用すると、間違いなくディレクターから「なんでこの仕様が良いと思ったの?」と突っ込まれる。このとき、自分が一番好きなゲームで面白いから、という理由は通用しない。あなたの好きなゲームの仕様がベストではない。自分たちが作っているゲームをより面白くできる仕様がベストである。

だから、仕様書を書くことになったら、仕様書を書き始める前に、まずは自分たちが作ろうとしているゲームのコンセプトを意識しよう。この世界で、キャラクターたちはどんなことをすると強くなるのか、ゲームの進行に応じてどのように強くしたいのか、ゲームのコンセプトに沿って、要件を整理していくことが大事だ。

要件の整理ってどうするの?

ゲームのコンセプトに沿って要件を整理していく、と言われても、イメージがわかない人も多いだろう。そこで、ゲームのコンセプトや世界観に沿って作られた成長システムであるファイナルファンタジー8のジャンクションを例に挙げて、コンセプトと要件について説明してみる。

◆ジャンクション

ジャンクションは、キャラに装備するようなことと捉えてほしい。

FF8の成長システムは独特で、『G.F.(ガーディアンフォース)』という召喚獣が、バトル中のコマンドやアビリティを覚える。

そして、G.F.をキャラに装備することで、装備したG.F.が覚えているコマンドやアビリティが使えるようになる。『アイテム』や『魔法』などのコマンドもG.F.が習得するので、G.F.を育てなければキャラは何もできない。『力+20%』などのパッシブ効果もすべてG.F.が持っているため、FF8で育てるべきはキャラではなくG.F.である。

G.F.によって覚えるコマンドもアビリティも異なるので、プレイヤーはどのキャラにどのG.F.をジャンクションするかを考えながらカスタマイズを楽しむ。

また、ジャンクションではキャラに魔法を装備することもできる。『ドロー』というコマンドでフィールドやモンスターから魔法を抽出してキャラクターに装備させると、キャラのステータスが強化されるというシステムだ。

力にアルテマ、HPにリジェネ…という感じで、パラメータ毎に魔法を装備する。魔法の種類によって、回復系はHPや体力が上昇しやすく、攻撃系は力や魔力が上昇しやすいというように区別されている。

なんでこんな仕様になっているかというと、FF8の世界には、G.F.の力を借りて強くなるという設定があるからだ。FF8の世界では、強いのは人間ではなくG.F.と魔法なのである。この設定が、ストーリーの核心に絡む設計になっているので、強化システムもこの思想をベースに作られている。

レベルの概念もあったが、G.F.や魔法装備による強化の比重が高くなるように設計されていたので、レベルをあげずにドローだけしてゲームを進めることもできたし、敵のレベルは自分のレベルに合わせて変化するようになっていた。

このように、どんな世界でどんなことを楽しませたいのかによって、成長の仕組みはいくらでも考えることができる。

仕様書を書くときに大事なのは、資料を書き始めるまえに、ゲームのコンセプトと、コンセプトを実現するための手段を箇条書きすることだ。FF8の成長システムのプランナーになった気持ちで要件を箇条書きするとこのようになる。

コンセプト

  • キャラクターたちはG.F.と魔法によって強くなる

やりたいこと・要件

  • たたかう以外のコマンドやアビリティはすべてG.F.が覚える
  • G.F.をジャンクションしない限り、キャラはたたかう以外のアクションを行えない
  • 魔法は自然やモンスターから抽出できる
  • 強化の比重は、G.F・魔法装備 > 武器 > キャラ
  • 魔法装備による強化の比重をあげるため、敵のレベルはキャラクターのレベルに合わせて変化させる
  • 敵のレベルがキャラクターのレベルに合わせて変化するので、獲得経験値はレベルによって変えず、モンスター毎に固定。また、キャラのレベルアップに必要な経験値はLv1から100までずっと同じ値
  • 敵の強さはレベルで管理するが、キャラの強化手段は分散しているので、キャラの成長と敵の強さのバランスが取りづらくなることへの対処として、高レベルのモンスターからは上級魔法がドローできるようにする。また、上級魔法による強化値は、敵のパラメータ上昇にあわせて設定する
  • レベルを上げると敵が強くなるので、レベルを上げずに敵を倒す手段(カード・たべる)を実装する

こういう感じだ。

まずはコンセプトとやりたいことをこのように箇条書きにする。ここで書き出したやりたいことが仕様の大元である『要件』になる。これが出せていないと仕様書は書けない。書き方は調べたが手が進まない人のほとんどは、要件を出せていないから書くことがないのである。そもそもコンセプトがわからない場合は、ディレクターやプランナーリーダーに聞こう。間違っても自分で勝手にコンセプトを作ってはいけない。

それからもう一つ忘れてはいけないのは、仕様書にする前に要件レベルで一度ディレクターに確認してもらうことだ。いきなりボリューム満点の仕様書を見せて、「よくわからないからもっと簡単にまとめてくれ」と帰された経験がある人も少なくないだろうが、要件の段階で方向性を確認しておくと、仕様書を全部書いた後にダメ出しされることがなくなるので、無駄な時間がなくなる。

そうして、要件に対してディレクターからOKが出たら、エンジニアやデザイナーが制作するために必要な仕様をより具体的にまとめていく。

ここまできて、ようやく仕様書が書ける。これ以降は、ネットに情報があるとおりの仕様書の書き方でまとめていけばよい。

仕様書を書き始めたものの、何を書いたらよいかわからず手が止まる人は、大事なことをすっ飛ばしている。

  1. ゲームのコンセプトを意識する
  2. コンセプトに沿って要件を書く
  3. 要件が出そろったらディレクターに方向性があっているか確認する

この三つをすっ飛ばして作られた仕様書は、ありきたりでぼんやりしたキメラゲーの材料になることを忘れないでほしい。

余談だが、FF8の成長システムは他に類がなかったのでゲームの評価を大きく分けた。一般的に酷評されることが多いが、世界観を理解している人には高い評価を受けている印象がある。

面白さは同じでも、面白さを表現する仕様はたくさんある

仕様を考えるとは、コンセプトに沿って要件を整理することだと述べた。仕様には答えがないので、考える人によって要件が変わってくる。これがゲームに個性を作る。

最も個性が出るのは、その人が面白さをどのように『分解』して、どのように『再構築』するか、という部分である。

面白さの分解と再構築や、その過程で表現に違いが出るということは、同じ面白さを異なる仕様で表現している2つのゲームを比較するとわかりやすい。

次項では1998年に発売されたバイオハザード2と、2019年にリメイクされたバイオハザードRE:2と比較しながら、仕様の考え方と多様性について説明しようと思う。個性だけでなく、技術的な制限でも、面白さを再構築する手段が変化することも見えてくる。

バイオハザードの面白さを分解してみよう

バイオハザードが怖い、もう飽きた、という人はこちらへジャンプ

(明らかにヤバい音が聞こえる…ゾンビが画面内に入ってくるまで進まないでおこう…)

(さっき拾った書類に、この部屋で事故が起きたことが書かれているから、この扉の先には明らかに何かがいる…)

バイオハザードで、プレイヤーが思わずコントローラーをその場においてしまうときは、大体こういう状況だったと思う。

この恐怖は、おばけ屋敷の恐怖体験と一緒である。
ゲームキューブ版biohazardのキャッチコピーは『そこを歩く、という恐怖。』だったが、これこそバイオハザードの怖さであり、面白さの軸だ。コンセプト、というと聞き馴染みのある言葉になるかもしれない。

そもそも、お化け屋敷はなんで怖いのだろうか。バイオハザードの恐怖を分解する前に、まずはその元となったであろうお化け屋敷の恐怖を分解してみよう。

私が修学旅行で訪れたお化け屋敷では、最初の部屋に髪の長い老婆が立っていた。

(あれはお化けだけど人間だ、絶対動く)

明らかにそうとわかったので、その場にいた全員が立ち止まり、チキンレースが始まる。近くを通るとやはり老婆は動いた。その後も、ロッカーや不自然な大きさの袋が置いてあると、中から幽霊が出てくるのではないかと考えて先に進めなかったことをよく覚えている。

ここからわかることは、自分に危害を加える何かがいるとわかっていたり、何かがいそうな雰囲気を感じると、人間は怖くなるということ。人間は予測する生き物なので、おばけが出るかもしれないと想像して怖くなる。

こうやって考えていくと、人間の恐怖は、認知の範囲外に対する予測と、突然のショックで構成されている、ということがなんとなく抽出できると思う。

このように、人間の面白い、怖いという感覚を突き詰めて言語化することが『分解』である。仕様を考えるときの材料になるのは、分解で得た面白さの要因であり、これがなければ仕様は考えられない。

上記を踏まえたうえで、バイオハザードに話を戻す。

バイオハザードでは、ゾンビが出ることはプレイヤー全員に知らされている。わかっているから、何かがあったとわかるものが置かれていたり、それらしき物音が聞こえていると先に進めなくなる。

↓こういうのとか

こういう状況に出くわすとプレイヤーは先に進めなくなる。この人が死んだ原因が近くにいるかもしれないと考えるからだ。

バイオハザードが怖い理由には、敵の強さやアイテム設計もあるのだが、ゲームの8割以上の恐怖はプレイヤーの予測によって生まれている。ホラーゲームが怖くないという人には、このロジックを理解しきっていて、予測そのものをすっ飛ばしている人が多い。8割以上が怖くないのだから、単なるアイテム管理ボス討伐ゲーになっているに違いない。

では、この予測の恐怖について、昔のバイオハザードの体験を支えていた仕様は何だったかというと、『固定カメラ』と『ロード』の二つである。

これらの仕様と、これらの仕様がなぜバイオハザードを面白くしていたのかを考えてみよう。

固定カメラ

固定カメラとは、プレイヤー追従型のカメラではなく、特定の地点から背景とプレイヤーを映す仕様である。プレイヤーはカメラを動かせない。操作キャラの移動にあわせて、カメラが切り替わる。

バイオハザードを遊んだことがない人はこちらの動画をご覧あれ

【Biohazard2】固定カメラの恐怖

声が聞こえる、足音が聞こえる、ゲームのキャラクターからは明らかに目の前が見えている。なのに、プレイヤーには見えない。少し進んでマップが切り替わったら、目の前にゾンビが出てくる。これが固定カメラの仕様によって生まれているホラー体験だ。

これはお化け屋敷で前に進めなくなる現象と同じである。

昔はこの仕様にあわせるために、銃を構えると照準が自動的にゾンビに合うようになっていたので、ゾンビが操作キャラの視界にいるかどうかを銃を構えて確認する、なんてことをやっていた。

この固定カメラの仕様が生まれた背景には当時のハード的な制限がある。プレイステーションはディスク容量が少なかったので、背景をはじめとするアセットのデータサイズを抑える必要があった。今のようにフリーカメラでゲームを作ろうとすると、マップ数がものすごく少なくなってしまう。

そこで、テクスチャを削減しつつ、探索できる場所を広くするために生まれたのが固定カメラというシステムである。これがうまいことマッチして、バイオハザードの予測できるが先に進めない恐怖が強化された。

ロード

ロードは部屋移動ごとにデータを読み込む仕様である。バイオハザードの場合は、ロード中に扉を開ける演出が再生される。

↓動画はこちら

【Biohazarc2】扉を使ったローディング演出

ロードで生まれる恐怖は、部屋の中に入るまで、中に何があるのかわからないびっくり箱的な恐怖だ。開けた途端にゾンビがたくさんいて、思わず引き返したという人は少なくないだろう。

これも、先ほど抽出した予測の恐怖と突然のショックに該当する。

プレイステーション時代は今とは比べ物にならないくらいメモリが少なく、一度に複数のエリアの3Dデータを読み込むことができなかった。だから、1エリアごとに区切って頻繁にロードを行なう必要があった。

バイオハザードを遊びながら、「いきなり部屋の中に入るな!!」と突っ込んだ人は少なくないだろう。普通なら、まず少しドアを開けて中の様子をうかがう。ドアを開けるまで部屋の中にあるものが全く見えないというのは現実にはほとんどないので、ゲームだからこそ生まれた恐怖であるといえよう。




バイオハザードRE:2における面白さの再構築を見てみよう

ここまでで、昔のバイオハザードのおばけやしき体験が固定カメラ、ロード演出という二つの仕様によって支えられていたこと、固定カメラとロードは当時の技術的な制限のもとに生まれた仕様であることを理解してもらえたと思う。

ここからはバイオハザードRE:2でこれらの仕様がどう変化したかを見ていく。

バイオハザード2が発売されたのは1998年。RE:2が発売されたのは2019年なので、実に20年越しのリメイクである。この20年の間に表現手段は格段に増えて、ハードも進化したので、ほとんどの3Dゲームでカメラが動かせるし、ロード回数も少なくなった。当時のような技術的な制限はほぼ取り払われている。

この状況下で、固定カメラとロードをそのまま持ってくるとどうなるか考えてみてほしい。古参のファンには喜ばれるかもしれないが、今作からバイオハザードを遊ぶ人には、固定カメラによるキャラとプレイヤーの情報量の差、馴染みの薄いラジコン操作、ロードによるテンポの悪さが間違いなく障害になる。

ゲームのリメイクは、既存のファンだけでなく、タイトルを遊んだことがない新規層にも楽しんでもらわなければ意味がない。だから、基本の操作はよほどのことがなければ今のプレイヤーの慣れや直感に合わせたほうが良い。

この時点で固定カメラが使えなくなるので、同じような予測の恐怖を別の仕様で実現する必要がある。このときに、同じような体験を別の方法で再現できないか、と考えることが『再構築』である。

同じ性質の面白さでも、いろんな仕様で表現できるという大事な部分なので、じっくり見ていく。

固定カメラによる恐怖を、別の方法で再構築する

固定カメラによる恐怖は予測の恐怖だと述べた。ということは、何かがいることが予測できるように演出すれば、固定カメラが表現していた恐怖を表現できるはずである。

固定カメラという仕様ではなく、予測の恐怖を持ってくることが大事だ。固定カメラをそのまま持ってきていたなら、前述のとおり今の操作のスタンダードからかけ離れすぎていることと、単なる焼き直しであることを理由に低評価待ったなしである。

では、固定カメラの恐怖をRE:2がどのような仕様で再構築したかを実際に見てみよう。まずは以下の動画を見てほしい。

【Biohazard RE:2】予測出来る恐怖 その1

散らかった棚、床についた血痕、店内に響くうめき声、首をかまれて座り込んでいる人、頼りなげに明滅する電灯。いかにもこの先に何かがいることが予測できる状況を、背景、オブジェクト配置、サウンド、ライティングで作り上げている。

背景や配置物に関しては前作から存在するが、今作で最も重要なのはライティングである。屋内がとにかく暗い。そして、懐中電灯で照らしだされる範囲が狭い。ビハインドカメラではあるが、画面中央以外は全くライトが当たっておらず何も見えない。

ゾンビの配置にも注目したい。RE:2のゾンビははじめのうちは倒れていて、何かをきっかけに起き上がってくるものが多い。

【Biohazard RE:2】予測出来る恐怖 その2

前作では、最初から起き上がっていて近づいてくるゾンビが圧倒的に多かったが、今作のゾンビは、ほとんどがはじめは倒れている。

(こんなところに死体があるのは嫌だな…起き上がられたら逃げ道がない…)などと思いながら先に進んでいくので、起き上がるかもしれない恐怖におびえ続ける時間が続く。

このような恐怖が続くのは、人間の予測が連続するようにプランナーが設計してゾンビを配置しているからである。恐怖の正体がわかっているより、わからない時間が続くことのほうが怖い。この配置も仕様である。レベルデザインという言葉のほうがより正確かもしれない。

また、固定カメラでは無くなったことで、マップ構造がより重要になってくる。

固定カメラなら、作り手がカットを決められるので、簡単に死角やショックな絵を作ることができたが、RE:2はカメラを自由に動かせる。

そこでどういう工夫がなされているかというと、扉の正面に視界が開ける構造がほとんどないように設計されている。また、道の分岐が多く、複数の方向に注意を払わせられる状況が多い。

扉から出た後、どちらに道が続いているかも重要だ。

キャラクターは画面の左側に表示されているので、右に曲がる構造だと、カメラよりも先にキャラクターが部屋に入ることになる。これによって、曲がり角やドアの向こうをあらかじめカメラで確認するということがしづらくなる。時間がある人は、上記のマップから、部屋と通路の関係、右壁・左壁の関係も考えてみると良い。

このように、ドアを開けただけでは先がみえないような状況を意図して作ることで、固定カメラと同じような視界の悪さを作っている。

マップ構造も仕様である。何の意図もなく通路や部屋があるわけではない。

本質的には固定カメラと同じ予測の恐怖でありながら、それを演出するための表現が異なる、という感覚がわかっただろうか。

固定カメラの恐怖の置き換えまとめ

  • ライティングを極端に暗くして視界を狭める
  • 懐中電灯で照らす範囲は画面の中央のみにする
  • 配置物やサウンドで、この先に何かがいると思わせる時間を作る
  • ゾンビは最初は倒れた状態にしておき、起き上がってくるかもしれないと予測させる
  • ドアや曲がり角の先にまっすぐ視界が開けないようにする

ロードによる恐怖を、別の方法で再構築する

ロードの恐怖は、部屋に入るまで中に何があるか全くわからないびっくり箱的恐怖である。

昔のバイオハザードにはこのロード演出中にゾンビが登場するというショックな演出もあった。

今は細かいロードが必要なくなったので、以前と同じ表現を使うと、ただ待つだけの演出になってテンポが悪い。あなたなら、ロードによって演出されていた別の部屋に入る恐怖をどのように置き換えるだろうか。

ちなみに、このロード体験の再構築は個人的にRe:2における一番の発明なので、プランナーの人には是非自分で考えてから読み進めてもらいたい。

答えがわかる動画はこちら。

【Biohazard RE:2】部屋間のライティング切り替え

部屋をまたいだ瞬間に、現実ではありえないくらい明度が変わるのがわかっただろうか。

RE:2はゲーム全体を通して基本的にかなり暗くて視野が悪いのだが、明るい部屋にいるときは明るく、暗い部屋にいるときはとことん暗くすることで、部屋を移動したときに中に何があるか把握しづらいようにしている。また、24秒付近を見るとわかるのだが、キャラが懐中電灯をつけるよりも、ライトが暗くなるほうが少しだけ早い

こうすると、部屋の中が真っ暗になって見えなくなった後、徐々に懐中電灯の光で内部が見えてくるという、昔のロードのびっくり箱のような体験を表現できる。現実ではありえない仕様だが、ゲームを革命的に面白くするのは現実にはない仕様だったりする。これこそが企画の仕事の醍醐味だと私は思う。

「グラフィックの話だから企画とは関係ない」と思う人もいるかもしれないが、ゲームの中にあるものにはすべて仕様がある。どうやったらもっと面白くなるかを考えて提案し、ゲームの中に実装できる人だけがゲームを面白くするので、仕事に線を引かずに、いろんな手段を検討していこう。

ロードの恐怖の置き換えまとめ

  • 部屋によってライティングを切り替える
  • 部屋によって懐中電灯のON/OFFを切り替える
  • 懐中電灯はキャラクターが部屋に入った後に少し遅れて点灯する

バイオハザード2とRE:2を比較して、同じ性質の面白さでも、面白いと感じる要因を掘り下げれば、他に表現手段はいくらでも考えられるということが見えてきたと思う。

これが、仕様を考える上で最も重要な面白さの分解と再構築である。仕様を考えるときは、仕様を持ってくるのではなく、その奥にある体験を抜き出して、より良い方法でゲームの中に再構築できないかを考えよう。

ちなみに、予測の恐怖の落とし込み方はタイトルによっても全然違う。
クロックタワーではハサミの音が聞こえること、サイレントヒルではクリーチャーに近づくとラジオのノイズが鳴ること、SIRENでは視界ジャックで敵の行動ルートに自分がいることに気づくことなど、表現方法は色々ある。(でも、こうして書いてみると音が多いですね)

これがゲームの個性であり、コンセプトを考えるディレクターと、仕様を考えるプランナーの個性でもある。

既存タイトルの仕様を調べることも大事

「RPGにはレベルアップだ!」と仕様書を書き始める前に、何がゲームにとってベストな仕様かを検討する必要がある理由をわかっていただけただろうか。人間は何かに慣れるとそれを当たり前と思い込んでしまう。無意識に考えることをスキップして既存の仕様に引っ張られると、元のゲームより体験が狭くなったゲームができる。

ただ、このように書くと、勘違いする人が出てくる。

「じゃあ、似たようなゲームを触らずに、自分だけの斬新な仕様を考えよう!!!」

これは昔なら正しかったというか、前例がなかったので体験ベースで考えるしかなかった。今はほとんどの場合悪手である。なぜかというと、大体の遊びや面白さは既にゲームに落とし込まれたことがあり、仕様の長所と短所が明確になっているからだ。

人間は大体みんな同じようなことを考えついている。

私が就活で提出した企画書はOver Watchのような、アクション主体で、ミリタリーではなく近未来のとっつきやすい世界観をテーマにしたチーム対戦FPSだった。4年後くらいにOver Watchが出て、「先に作れていれば!!」とか思ったものだが、作れなかったし、私以外にもそんなことを考えていた人は大量にいただろう。今までになかったものというのは、誰もが考えたことはあるが、誰にも実現できていなかったものであることがほとんどだ。

あなたの思いついたアイデアはよほどのことがない限り誰かが一度は思いついていて、ゲーム化されている。つまり、あなたの仕様の良し悪しは、開発者にもユーザーにも議論されたことがある。だから、自分で仕様を考える前に、他に同じような仕様を採用したタイトルがあるか、そして、その仕様にはどんな長所と短所があったかを、調べたり、実際に遊んだりして研究することは大切だ。

真似するためではなく、選択できる手段や自分の知識を増やし、より良い手段を導き出すためだと意識して研究してほしい。調べることで仕様の穴や先々の苦労がわかるので、後からやり直しになったり、既存タイトルの劣化版になることを防げる。

思い付いたアイデアがすでに誰かに検討されたことがあるというと寂しく感じるかもしれないが、先人たちの苦労や工夫を知ったうえで、さらに良い手段を考えられるのだから、今この時代にゲームを作れることにはそれはそれで良さがある。

下調べしておくと、何か突っ込まれたときに適宜返答できるし、「ちゃんと考えてるな」と信頼してもらえるので、ディレクターからOKが出る可能性も高まる。

まとめ:最初の最初は、書き方ではなく考え方を学ぼう

「仕様書を書いて」と言われたから、とりあえずそれっぽい資料を作るだけでは意味がない。そういうことを続けていると、どんどん脳が死んでいくし、ゲームがつまらなくなる。

安易にありきたりな仕様を持ってくるのではなく、自分が作ろうとしているゲームにとって最適な表現を選ぶことが大事だ。そのためには仕様書を書く前に、仕様を実装する目的を意識し、その面白さを実現するための方法を自分の頭で検討しなければならない。同じような仕様を実装する上で、今までにどんな工夫がなされてきたのかも知る必要がある。

また、良い仕様を考えるために欠かせないのが、普段から物事がなぜ面白いのかを分析すること。面白さを分解するときに一番大事なのが分析力である。ゲームを面白くするのはどこまでいっても開発者の意図でしかない。

桜井政博氏と田尻智氏は、インタビュー著書でそれぞれ次のようなことを述べている。

▼桜井政博氏(スマブラの生みの親)

わたしは何かをマネして持ってきているのでもなく、「なぜそれがおもしろいのか?」、「なぜ手応え感を得られるのか?」などと、ひとつひとつ意味を考えながら対戦アクションゲームを作ったわけです。
「こうすれば同じようなおもしろさが出るね」とか、「こうすれば異質な楽しさになるんじゃないか」というふうに再構築し、そのうえで『スマブラ』にしかできないことを足して、オリジナルにしていったんです。

“何かを感じられるかどうか”というのは大きいのでしょうね。
同じ操作でも、「これはこうだからおもしろいんだ」とか「こうだからイヤな感じを受けるんだ」とか。わたしは日々多くのゲームを研究することで、そういうことを経験として蓄積しているわけです。

▼田尻智氏(ポケモンの生みの親)

ゲームからゲームを作るということは縮小再生産になる可能性がある。

ゲームにとらわれてゲームを作っているということに限界を感じた。

体験をベースにゲームを作るってことが大事。

純粋なゲームの面白さで大ヒットを巻き起こしたクリエイターは、大体このようなことを言っている。面白さの分解と再構築の手間を怠ると、ものづくりはただの作業になる。

仕様書のフォーマットも大事だが、そこに書く内容をしっかり考えることは体裁を整えることの1000倍大事。ただルールに沿って資料を作るのではなく、その仕様を実装する目的や、面白さをどのように表現するかを考えて整理することを忘れないようにしよう。

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